静岡地方裁判所下田支部 昭和62年(ワ)20号 判決 1987年12月21日
原告 森山道子
被告 安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 後藤康男
右訴訟代理人弁護士 御宿和男
同 林範夫
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
1. 被告は原告に対し、金五二三万円を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
3. 仮執行宣言
二、被告
1. 主文と同旨。
2. 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 事故の発生
原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)によって負傷した。
(一) 事故発生日時 昭和五八年四月一九日午後六時三〇分ころ
(二) 発生場所 静岡県下田市六丁丁目二二の一四所在駐車場
(三) 加害車両 普通乗用自動車(静岡五六の三九五六)
(四) 右運転者の氏名 訴外 中田正秋
(五) 事故の態様と結果 原告は、運転者後方右ドアから車外に出ようとしたところ、運転者用の前座席のシートベルトが後方の原告座席の足元にあり、これに足をひっかけて転倒し、右足複雑骨折の傷害を負った。
2. 被告の責任原因
(一) 右加害車両(以下、単に「加害車両」という。)の保有者である訴外小林弘次(以下「訴外小林」という。)は、同車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によって原告が受けた後記の損害を賠償する責任がある。
(二) そして、被告は、訴外小林との間において、加害車両につき、本件事故時を保険期間に含む自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結しているから、自賠法一六条一項に基づき、本件事故によって原告が受けた後記の損害を支払限度額の範囲内(傷害につき金一二〇万円、後遺障害につき金四〇三万円)において賠償する責任がある。
3. 損害
原告は、本件事故によって、次のとおり合計金二四〇二万九三九〇円の損害を被った。
(一) 傷害による損害 合計金一二六万〇三八四円
(1) 治療費 金一二万七八八四円(但し、入院七八日間、通院一四八日間〔内治療日数〕三五日)
(2) 入院雑費 金四万六八〇〇円(但し、六〇〇円×七八日)
(3) 付添看護料 金三万八四〇〇円(但し、三二〇〇円×一二日)
(4) 自宅看護費 金二三万六八〇〇円(但し、一六〇〇円×一四八日)
(5) 通院交通費 金三万三六〇〇円(但し、九六〇円×三五日)
(6) 入・通院慰藉料 金七六万八四〇〇円(但し、三四〇〇円×二二六日〔七八日+一四八日〕)
(7) ポータブルトイレ購入費 金八五〇〇円
(二) 後遺症による逸失利益 金二二七六万九〇〇六円
原告は、前記治療にもかかわらず、本件事故によって、「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残す」後遺症が残存し、これは、自賠法施行令二条後遺障害別等級表一〇級に相当する。
したがって、原告の右後遺症による逸失利益の現価を求めると、金二二七六万九〇〇六円となる。
〔計算式〕
19万3200円(54歳女性の平均給与月額)×12×9.821(新ホフマン係数)=2276万9006円
4. よって、原告は被告に対し、自賠法一六条に基づき、右損害のうち、自賠責保険の支払限度額までの金五二三万円(但し、傷害による損害についての限度額一二〇万円、後遺障害による損害の限度額四〇三万円)の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は不知。
2. 同2の事実中、(一)のうち、訴外小林が加害車両を保有していること、(二)のうち、被告は、加害車両につき、訴外小林との間に、本件自賠責保険契約を締結していることを認めるが、その余は争う。
自賠法三条の「運行によって」とは、自動車の運行と人身事故の発生との間に因果関係を要すると解される。
「運行によって」の「運行」とは、自動車を当該装置の用い方に従い用いることであるとされ、この解釈については、固有装置説(最高裁判所昭和五二年一一月二四日判決・民集三一巻六号九一八頁)が確定した考え方であって、右判決では、「自動車を当該装置の用い方に従い用いることには、操縦者において、固有の装置であるクレーンをその目的に従って操作する場合をも含む」と判示し、ここにおいても、装置の繰作という概念が必要と解釈されている。また、「運行」とは、要するに、自動車を使用することであるが、その使用態様は、定型的にみて、およそ人身侵害の原動力を荷うだけの危険性を内包するもの、すなわち、高速交通機関としての危険性を伴う使用に限定されなければならず、無限定なものではない。車両の一部または全部の装置が「何らかの操作の状態におかれたこと」、あるいは、「走行の場合に匹敵するような他人の生命身体への侵害の危険性を有する状態に置かれていたかどうか」が、「運行によって」といえるか否かの差異になると考えられる。
本件についてみるに、仮に、本件事故が原告主張のとおりの事故態様であったとしても、原告の受傷は、加害車両が停車状態に入って原告が降車する際、シートベルトに足をとられて転倒したものであって、加害車両の「運行」中に当らないし、また、加害車両の「運行」とは何らの因果関係もなく、「運行によって」にも該当せず、原告の受傷に対し、加害車両の保有車の損害賠償責任は発生しない。
したがって、本件事故は、原告の過失のみによって起った自損事故というべきである。
3. 同3の事実は不知。
第三、証拠<省略>
理由
一、事故の発生(請求原因1)について
<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、
原告は、昭和五八年四月一九日、訴外小林の市議会議員選挙の野外演説を手伝う仕事をして、同日午後五時ころから、同訴外人と共に加害車両に同乗して、静岡県下田市内数か所で野外演説等の選挙運動をしていた。
同日午後六時三〇分ころ、原告らは、同市六丁目二二の一四所在小関商店前駐車場(同市六丁目二一の一〇)に至り、原告は、同所で野外演説を実施するための準備のため、折から雨が降ってきたこともあって、加害車両が停車すると急いで加害車運転席後部座席の右側ドアから降車しようとしたところ、運転者用の前座席のシートベルトが後方の原告座席の足元に伸びているのに気づかず、これに右足をひっかけて車外に転倒し、七八日間入院治療する右足関節脱臼骨折(外内果骨折)の傷害を受けた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二、被告の責任原因(請求原因2)について
1. 訴外小林が加害車両を保有していること、また、被告は、同車両につき、同訴外人との間に本件自賠責保険契約を締結していること、以上の事実については当事者間に争いがない。
2. そこで、本件事故が自賠法三条にいう自動車の「運行によって」発生したものかどうかについて判断する。
まず、前記認定の事実によれば、本件事故発生は、加害車両の停車後間もなくのことであって、しかも、予定された野外演説自体さして長時間を要するものともいえず、加害車両は野外演説終了後は速やかに他に移動するものと推認されることに照らすと、加害車両の停車前後の走行との連続性、関連性に鑑み、加害車両は運行中であったということができる。
しかし、原告が降車しようとした際、前座席のシートベルトに足がひっかかり、車外に転倒して骨折した本件事故は、たとえ右のシートベルトが加害車両の固有の装置であるといえるとしても、それをその目的にしたがって操作、使用したことに起因するものとは言い難く、本件事故は、原告が停車直後、加害車両の後部座席右側ドアから降車する際、自らの過失もあって、シートベルトに足をひっかけて転倒するという自動車の運行とは直接かかわりのない原因によって発生したものというほかはない(原告は、その第二回本人尋問において、「本件事故日の前日にも、同様の仕事で加害車両に同乗し、シートベルトが運転席の脇の方に下がっているのを見た」旨供述している。)。
なお、若干敷衍して述べるに、自賠法三条の「運行」とは、自動車を当該装置の用い方に従って用いることであり(自賠法二条二項)、言葉をかえていえば、自動車としての定型的な危険性を随伴する使用方法で、自動車の固有装置を使用、操作することと解するべきであり、右の固有装置とは、走行そのもの、もしくは、走行と密接に関係のある装置には限られないが、走行による危険に匹敵する程度の危険を有する固有装置をいうものと解される。したがって、この観点からも、本件事故は、「運行によって」に該当しない。
そうすると、本件事故は、自賠法三条にいう自動車の運行によって発生したものということはできないから、訴外小林は、同条の規定に基づく運行供用者責任を負ういわれはなく、訴外小林の運行供用者責任を前提とする原告の被告に対する損害賠償請求は、その余の点(原告の被った損害等)について判断するまでもなく理由がない。
三、以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 片野悟好)